見出しへ戻る

のんちゃん 便り

第11号 1996年12月 文:向井 裕子、WP:向井 宏

七五三

昨年の秋、近くの神社から七五三の案内のはがきが届きました。でも、10月14日生まれの望は11月15日には2才と1ヶ月。ただでさえ小さいのに数えの2才で七五三はちょっとかわいそうと思い、1年待ってこの11月15日に七五三のお祝いをしました。宮参りがバタバタと「とりあえずしました」という感じで終わってしまったこともあり、節目のお祝いはちゃんとしてやりたいとずっと思っていました。

足がなくて胴が少し歪んでいる望に着物は無理と思い、ワンピースかドレスかなぁと思っていたのですが、私の行きつけの美容室にかわいい七五三の写真がたくさん飾ってあり、着物姿のかわいらしさに着物を着せようと決めました。レンタルの着物を借りて美容室で着せてもらうことを考えたのですが、暑がりで警戒心の強い望が着付けに耐えられるとはとても思えず、どうしたものかと思案していました。そこで、ボランティアの勘原さんに相談しました。(勘原さんのお孫さんの成美ちゃんは何度か望と遊びに我家に来てくれました。)お孫さんの成美ちゃんの着た着物をどうぞどうぞ着て下さいと言って下さり、着付けも引き受けて下さいました。ガーゼの肌じゅばんとピンクの花模様の袖よけをくっつけたような手作りの下着を一枚着た上に着物を着ればよいようにしてありました。着物は望の背に合わせあげをして下さいました。帯も背中に差し込むだけです。これなら10分もあれば着ることができると言われ、少し心配だった七五三がワクワクと楽しみになりました。

11月15日の当日は、望のおじいちゃん、おばあちゃんも勢揃いとなり、ボランティアの勘原さんと上野さんが着付けに来て下さいました。望はやっぱり泣きました。でも、想像していたほどではありませんでした。口紅もおとなしくつけさせてくれました。白い肌に赤い口紅がかわいらしく、赤い着物もよく似合って、「ほらっ、赤いの着てかわいいねぇ」と鏡を見せてやりました。不思議そうな顔で見ていました。

神社では、時々不安そうに奇声を上げましたが、何とか無事にお参りは終わりました。次は写真館へ。写真館についた時には、帯が脇の下まで上がっていました。望は写真を撮られるのがいやで泣き、カメラを前に写真屋さんが近づく度に大泣きしました。親子3人の写真とおじいちゃんおばあちゃんと一緒の7人の写真を撮ってもらいました。望が生まれ、3年経ってようやく、初めての勢揃いの記念写真でした。

社会の中で

3年というのは1つの区切りでしょうか。1日1日を見つめて過ごした3年間。楽しいことを沢山しようと思って育ててきました。望を連れてあちこちに出掛けました。望が10月で3才となり、「これから」について考え始めたころ、大阪おもちゃライブラリーの辻井さんの「障害児を育てる」という公演を聞く機会がありました。子どもがいつまでも子どもでいて欲しいという考えではなく、どのように成長していくのか、大人になった時のことを予測しながら育てていくことや人の世話になって生きていける人間関係を作ること、子ども同士のあたりまえの関係を子どもに与え、魅力にあふれている日常で生きていくことの大切さについて話されました。講演の後で10分ほど親子3人で辻井さんとお話することができました。そのことがきっかけとなり私達は望の進路とこれからについて具体的に考え始めました。

望は、1才6ヶ月より療育センターに母子通園をして、保育や訓練を受けてきました。最初は、人見知りも激しく新しいお遊戯の度に泣いてばかりでしたが、通園2年目で、友達に興味が出て、yes/noの意志もはっきりし、人の真似をしたがるようになりました。おもちゃで遊んでも一人で遊ぶのではなく、おもちゃを介して人と遊ぶことを楽しもうとします。相変わらず言葉は出ませんが、いろんな事が分かってきたように思います。でも、望が成長したから進路を考えるのではなく、望が成長していなかったとしても、3才は、そろそろ子ども社会に入ることを考える年齢なのかもしれないと思いました。楽しいことを沢山しようと育ててきましたが、それはとても大切なことだけれど、望の「これから」について考えた時、人間として生きていくこと、つまり、望自身が社会の中で人との繋がりの中で生きていくことの重要さに気付きました。社会の中で生きていくことは、楽しいことだけでなく辛いことや悲しいこともあるかもしれないけれど、また今まで以上の楽しさや喜びもあるだろうと思います。そして、手も足も持たず、言葉も持たない望を近くの保育所に入所させようと来春入所の申し込みをしました。

これから先、望がどんな人生を送っていくのか、私達夫婦がどのように生きていくのか、楽しみです。私達は、望のおかげでいい人生だったと、きっと思うことでしょう。障害児を育てていくことは、決して不幸なことではありませんし、障害児も他の子ども達と同じように愛しくかわいい存在です。障害児にとって訓練はとても大切なことではあるけれど(もちろん2次障害を防ぐ為の訓練は必要ですが)、障害を持って生きていくこと自体が大変なことなのに、五体満足な子どもや健常な子どもに近づこうと努力することや訓練中心の生活をすることは、失うものも多いと思います。日々の暮らしを大切にしながら望と共に歩んで行きたいと思っています。親になってわずか3年、でもこの3年間に望を育てていく方向が見えてきたように思っています。障害を克服するために親子でがんばるのではなくて、障害をも含めて我が子を受け入れ、愛し育てること、子どもが生きていきやすい環境(人や物や社会)を作ってやることが、障害児の親である私達のできることかなと今は思っています。

ひとこと

2月から始めた通信も11号となり、皆様からお手紙を頂いたり、直接に感想を聞かせて頂いて、何とかこの1年毎月発行することができました。心よりお礼申し上げます。

今年もまた、たくさんの出会いがありました。素敵な方々ばかりでした。望が2才になった頃の「望に手足のかわりに与えられた多くの出会いと心暖かな人達」の思いはますます強くなりました。感謝の気持ちで一杯です。

11月は、勘原さん、末信さん、津田さん、上野さん、小濱さん、塚本さんがボランティアに来て下さいました。1月から1年間近くボランティアの方々にお世話になりました。11月下旬から望は、週4日療育センターに通園することになり、ボランティアさんに来て頂いている金曜日が通園日になりました。また、来春から保育所に行くことになれば、定期的に来て頂くことができなくなると思われます。でも、望はようやくボランティアさんと仲良くなったところです。できるだけ望と遊んで下さる機会を作って頂きたいと思っています。細く長く今後も宜しくお願い申し上げます。

この1年のんちゃん便りを読んで下さった皆様、望は今年も元気に過ごすことができ、良い1年となりました。本当にありがとうございました。



療育センターにて

アンパンマン ぶーん ぶーん

「先生のアンパンマンは、大きいなあ」

見出しへ戻る