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のんちゃん 便り

第132号  2008年1月

あけまして

おめでとうございます

昨年はお世話になりありがとうございました。心からお礼申し上げます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。2008年が、みなさまにとって良い年となりますようお祈りします。

パワー

2007年はあっという間に過ぎていきました。この通信も7号しか発行できませんでした。昨年、望は、夏に尿路感染を起こし、12月には嘔吐風邪で久々に40度近い熱を出して中学入学以来、初めての欠席をしましたが、それ以外は、パワフルに過ごしました。少し体調を崩したり体力が落ちたりした時も気力で乗り切り、体育祭、文化祭、校外学習、職場体験、そして、授業に定期テストと楽しいことも嫌なこともしっかりと受けいれて、中学校生活を楽しんでいました。

よく頑張った1年でしたが、悪さもよくしました。電動車椅子で学校のドアを壊すことも度々。卒業の時、修理の請求書が来はしないかとヒヤヒヤです。ただ、これはドアの開閉をしようとしたりふざけたりしたことで、望のパワーというよりも電動車椅子の力が強いだけなのですが、ドアを壊すことはいけないことなので、その度に先生に叱られていました。でも、美術室のドアを壊した時は違いました。美術室の中に入りたいという望に、男子生徒がふざけて意地悪をして戸を閉めてしまったようです。怒った望は戸に突進して壊してしまったのです。「やめてよ」と言えない望は体全体で表現していくしかありません。美術の先生は状況を察知して男子生徒を注意し、望には腹が立っても壊すのはよくないよとやさしく諭してくれたようです。担任の先生はクラスの子ども達に「戸を壊したことは良くないことかもしれないけれど、でも、言葉で言えないから怒りを行動で表した、腹が立つことをされて怒るのは当然のことだ、今回は誰が何と言っても向井さんの味方をする」と言ってくださったようです。キレル子どもが社会問題になった時期がありました。でも、その一方で嫌なことがあっても怒りを表せず心の中に溜め込んでしまったり、自分を責めてしまったりする子ども達がいます。他害を与えることがないので問題はなかなか表面化しません。先生は、そんな生き辛さを抱えた子ども達に「腹が立ったら怒れ!」というメッセージを送りたかったようでした。

昨年、私は何かに追われるように日々を送ったような気がします。ひたすら走り続けた一年でした。何かを残したいわけじゃない、エラクなりたいわけじゃない、なのに身を削るように頑張ってきたのはなぜでしょう。NPOの活動について聞かれた時、どうしてそんなに頑張れるの?どこからそのエネルギーが沸いているの?と言われることがあります。その度に「さあ?」と曖昧な回答をしてきましたが、私を動かしている源は、きっと「なんで?」「なんで!」という怒りです。私の大切な娘が差別されるのは許せないという怒り、かけがえのない命が傷つけられたり奪われたりすることに対する怒り。そんな怒りから生まれるパワーで、見えないものと闘い続けているのかもしれません。けれど、その日々が殺伐としないのは、一日一日を本当に生きていると感じさせる娘のイノチや、人との繋がりや温かさを感じる喜びが潤いとなっているからなのだと思います。望に、そして、支えてくださった沢山の人たちに感謝しつつ、新しい年を迎えました。

バタバタと暮らす私の横で、望は相変わらずマイペースで充実した日々を過ごし、成長してきました。心も身体も子どもから大人へと変化していく微妙な年頃です。照れくさくて素直になれなかったり、あこがれの先生ができたりと、青春しています。「いまどきの子はお赤飯なんて炊いたら嫌がるよ」と友人に言われながらも、望の成長が嬉しくて自己満足と思いつつもお祝いのお赤飯を炊きました。女性の先生方が「イライラしない?」「身体だるくない?」「始まる前はすごく食欲でなかった?」などと望に話しかけられるのを聞いて、女同士の会話が始まったなあとそんなささやかなことに幸せを感じています。

暦が変わったからといって何が変わるわけでもなく、反省やら抱負やら作らずとも、今日も昨日と同じに力いっぱい生きるだけという感じの望です。この前向きな気力は、どこから沸いてくるのでしょう。望を見ていると元気になる、嬉しくなると言われることがよくあります。望のパワーの元はなんでしょう。少なくとも「怒り」ではないようです。生まれようとした力、生きていこうとする力、望が持って生まれたものだと思っています。人は誰でもパワーを持っている、望と暮らしながらそう実感しています。

今年、望は中学3年生になります。受験生です。あたりまえに友だちと一緒にやってきた望は、当然のこととして多くの友達が行く高校に行きたいだろうと思います。親の私は、中卒でもいいのだけれど同年齢の子ども達が日々集う場所が高校しかないのだから高校に行かせてやりたいと思っています。でも、学力選抜という厚い壁を知的障害をもつ望がどう乗り越えるか、大きな課題です。高校進学という大きな障壁に向かって、きっと私はまたいろんなことに怒るのだろうと思います。望のがんばりをどう評価するのかと、望の想いをどう受けとめるのかと、怒りに突き動かされて頑張る一年になりそうです。どうかみなさん、応援して見守ってください。

ひとこと

昨年は、訃報の相次いだ一年でした。正月2日に始まり、年の押し迫った年末まで、辛い知らせが続きました。その度に、人の命のはかなさを悲しみ、祈ることしかできない自分の無力さを感じました。大切な人を亡くした人の悲しみは、私には量り知ることはできません。

望が生まれたとき、とにかく生きてくれたことに感謝しました。その思いは今も変わっていません。望が今「ここに居る」ことに感謝。自分が生まれてきたことに感謝。そして、たくさんの「あなた」が生まれてきたことに感謝。終わりの時はいつやってくるのかはわからないけれど、人は産まれる時と死ぬ時は独りなのだから、生きている間は独りぼっちにならないように、繋がりあい支えあって暮らしていきたいと思っています。

昨年末は、一年間の疲れが出たのか、11月下旬からぎっくり腰を繰り返し、12月下旬には熱を出してしまいました。今年は少し自分の体もいたわりながらじっくりと、でも、気合を入れていこうと思います。

今年は中学3年生! 年男と年女です
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