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のんちゃん 便り

第20号 1997年 9月 文:向井 裕子、WP:向井 宏、絵:静代

4度目の夏

6月は、「もうすぐ夏だぞー、暑くなるぞー。」という天候に、保育所に入ったことで外遊びの時間が長くなった望の身体を心配していたのですが、望は元気で、7月には「望はいつからこんなに暑さに強くなったの。」と驚いていました。しかし、7月下旬から暑さ疲れが出てきたようで、体調を崩しがちになりました。望は、「暑くてしんどい」より「友達と遊びたい」気持ちの方が強くて、身体に負担を重ねていったようでした。調子が良いから、体温上昇がひどくはないからと気を許してしまった私は、反省をしています。

体温が上がったり、下がったりと変動し、咳も出たりおさまったりで、体力的に辛いのかよく眠るようになりました。よく眠ると言っても、のべ睡眠時間は増えましたが、継続睡眠時間は変らず、むしろ熱帯夜で寝苦しく、夜中何度も目を覚ましました。おかげで8月は親子ともども少々疲れぎみでした。それでもその不調の中、8日は東京の北信義肢さんにスタビライザー(立位をとるための補装具)を作ってもらいに、9日、10日は、よみうりランドでの先天性四肢障害児父母の会の総会にと2泊3日東京に行きました。いつも通りアイスノンや氷枕を持参して、望が熱を出しはしないかとヒヤヒヤしながらも、何とか無事に帰ってきました。

体調がよくなかったり、東京行きがあったりで、保育所もしばらく自主夏休みとしました。そのため8月が終わって、プールも終わってみれば、結局5日程しか保育所のプールに入れませんでした。7月のプール開きの時にははりきっていたのに、残念でした。でもこの5回のプールは充実した内容のようでした。お友達の水しぶきは相変わらず苦手ですが、シャワーは平気になりました。頭からだって大丈夫、顔にかけても大丈夫。うつむきかげんで我慢します。「望、すごいねー。」とほめていたら、それだけでは終わりませんでした。なんとプールでの「顔つけ」にもチャレンジしたのです。18日、保育所に迎えに行くと保母さんが「望ちゃん、プールで顔をつけたことありますか?」と尋ねられました。「いいえ」と答えた私は、「エッ、まさか」、「顔つけたんですか?」と聞きました。

その時の様子は、次のようだったそうです。友達とプールに入った望が、あちこちからくる水しぶきを嫌がるので、皆がプールから上がりプールサイドで休憩している時に、一人でプールに入り、保母さんが身体を支えて泳がしてくれていたようです。そして、保母さんが「望ちゃん、顔つけするでー。」と言うと、プールサイドのお友達は、「がんばれー」とばかりに盛り上がり、「せーの」「ポチャン」。顔をつけられた望は、何事が起こったかと驚き、その次の瞬間、友達に「ヤッター」と大拍手をされて、泣くことを忘れてしまったようでした。おだてられるとがんばるお調子者の望は、この日2回も「顔つけ」をしたそうです。お友達のMちゃんは、自宅に帰ってお母さんに「今日ねえ、望ちゃん、2回も泳いだんやで。」(?)と報告してくれたそうです。

「スゴイ、スゴイ!」「えらかったねぇー。」と私はほめまくり、帰宅後、その話を聞いた夫は「親もようせんかったことを、保母さんようやったなぁ。」と驚きました。私達は、望を何度もプールに連れていっていますが、「顔つけ」はまだまだ無理だろうと、させようともしていませんでした。「先入観」や「常識」やらにとらわれないで、いろんな角度から望の成長をとらえ、柔軟な頭で多くの可能性を考え、望を育てていこうと思っていたのに、「きっとできない」と知らず知らずのうちに決め込んでいた思いに気付かされました。できるできないは別として、他の子と同じ様にいろんなことにチャレンジをさせてやろうと改めて思いました。それにしてもシャワーに顔つけと、望は、とてもたくましくなった夏でした。

スーイスーイ、上手でしょ

ポチャン。顔つけです

笑って

望は、毎日保育所で楽しい時を過ごしているようです。夕方、迎えに行って、保母さんにその日の様子を聞いたり、帰宅して連絡帳を読むのがとても楽しみです。昼間ゆっくりさせてもらった上にこんな楽しみまであって申し訳ないくらいです。工作の時、保母さんの説明を誰よりも一生懸命聞いている望、昼寝の時に大きな声を出して保母さんに叱られて保母さんと視線を合わせようとしなかった望、皆が順番に何かをする時に自分の番はまだかまだかと身を乗り出すようにして待っている望。望は、毎日同じ時間の繰り返しの中で、新しい体験をしたり、楽しいこといやなこと、いやだけど皆がやってるからがんばろうかなぁということもしたりして、いろいろな思いをして過ごしています。朝、ご機嫌ななめでも保育所の赤い帽子を見せると「行く!」と元気よく右手を上げます。

昼間のたくさんの体験を思い出しているのか、夜寝入りばなに、時々「フフッ」と声を出して笑っていることがあります。この頃、望は、よく笑いよく怒りと感情表現がとても豊かになりました。怒る時は全身で感情を表し、右手をバシッバシッとします。頭をブンブンの時もあります。笑う時は「フフッ」と声を出して唇の右端を上げます。「カッカッカッ」と大笑いする時もありますが、そういう時はたいてい途中から笑いすぎて、シャックリが出てきます。保育所でも笑ったり、怒ったりして過ごしているようです。昨年までは、家の外ではあまり自分の感情を表に出すことをせず、ひたすらじーっと回りを観察していた望です。「見つめられて恥ずかしくなるわ」とよく人から言われました。3才を過ぎてようやく、家の外でも感情を表したり、要求を示したりできるようになってきました。保育所に入って2、3ヶ月もすると、保母さんに様々な感情を表現したりぶつけたりし始めました。それは、保母さんを信頼している証拠です。産まれてからしばらく、手術や検査を繰り返し、痛い思いや嫌な思いをしたせいか、望はとても警戒心が強いようでした。早くから始まった人見知りもいつまでも続きました。

望は産まれた頃、笑わない子でした。よく赤ちゃんがニコーッとするのを「天使の笑み」なんて言いますが、それが全くなく、感情の表現は泣くことだけでした。それでも、望はかわいかった。私をそんなにも引きつけたのは、望の目でした。決して大きな目ではありませんが、澄んだ瞳がまっすぐに私をジーッとみつめるのです。ミルクをやる時、話しかける時、抱っこしている時、その真っ黒な瞳は、もう産後の入院中から私をとらえていて、まるで私は恋しているように、涙が出そうなほどに、望がいとおしかったのです。ですから、望が生後初めて退院した日、布団を並べて初めて寝る時、本当に私は幸せでした。

笑わなくても望はかわいかったけれど、楽しい、うれしい、そう感じてくれているのかしら、笑ってくれるとそれが分かるのにと私はいないいないバァをしてみたり、くすぐってみたり、いろいろとしてみたのですが、やっぱり駄目でした。そんな望が、今私のいないところでも声を出して笑っているということは、とてもうれしいことです。友達の中でいろんな思いを育てて、いろんな感情を表して欲しいと思います。

ひとこと

望は、体温が上がったり、咳をしながらも、寝込んだり、通院を繰り返すことなく、何とか残暑の中を過ごしています。

夏休みは、東京の他に15日に海遊館(大阪の水族館)、17日に京都の梅小路駅に機関車を見に行きましたが、体調がよいとはいえなかったので短時間で帰宅しました。久しぶりに、お父さんとお母さんといっしょに長時間いるからか望はご機嫌で、よくおしゃべりをしました。18日からは、また保育所に通い始めました。お気に入りの遊びは、ままごとのようです。朝、保育所に行くとお友達が、泡立て器とお鍋を持って遊ぼうと来てくれました。右手に泡立て器をつけてもらい、カチャカチャ、おはじきをお料理します。

23、24日は、毎年恒例の奈良県大塔村でのキャンプでした。前日の午後から体温が高めになり、夜には39度近くになりました。明日のキャンプは中止だなぁと思いつつ朝をむかえると、熱は下がり、望は元気に朝食をしっかり食べました。とりあえず病院に連れて行きました。胸に聴診器をあてながら、「胸の音は悪くないよ。キャンプ大丈夫じゃない?」という主治医の言葉。「夜は山の方が涼しいし、よしキャンプに行こう。」と、解熱剤と氷枕をもって出発しました。(とんでもない親だとあきれないで下さい。)バーベキューの後、また熱が出ましたが、涼しくてきれいな空気の中で望は気持ちよさそうに眠りました。

とても美しい夜空でした。久しぶりに星空を見上げながら、星がたくさんの故郷の夜空を思い出しました。子供の頃に部屋の窓から見上げた星空、学生の頃に海辺や山で見た星空、いか釣りの漁り火も美しかったなあ。大阪の空には星がありません。久しく海の匂いもかいでいません。土の温かさや、木々をわたる風ともご無沙汰です。コンクリートの街で暮らしているから、人の心の温かさがよけい身に染みるのかもしれません。朝になると望は熱も下がり、元気に朝食を食べました。また来年もキャンプに行こう。

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