見出しへ戻る

のんちゃん 便り

第32号 1998年     文:向井 裕子

プールじまい

望は、留置カテーテルをしたままで、プールじまいを迎えることになりました。昨年のプールじまいは、保母さんにお願いして見学させて頂いたのですが、今年はプールサイドで見学する望が、せめて保母さんの出し物で楽しんでくれることを願いながら、私は自宅で過ごすことにしました。望の保育所の行事の度に行われる保母さん達の出し物は、とても凝っていて大人が見ても楽しいものです。

この夏、朝登所してプールに入れるかどうかを親が記入する表に記入していると、お友達が「望ちゃん、マル?」とよく聞きに来ました。望がプールに入れなくなってからは、聞きに来る回数も増え、答える私も辛いものがありました。プールじまいの日も同じクラスのMちゃんが「望ちゃん、今日はマル?」と聞いてきました。「ウウン、今日もバツよ。」と私が言うと、「エー。」と残念がり、そして「きくさんになったら、いっぱいマルしてよ。」と大きな声で言ってお友達の中に戻って行きました。私は思わず胸が熱くなりました。「きくさん」は年長のきく組のことで、望たちは来年きく組になるのです。今年のプールは終わりだけれど、『来年、きく組になったら望ちゃんがたくさんプールに入れるようにしてよ。』とMちゃんは言ってくれたのです。望と一緒にプールに入りたいと思ってくれている友達の気持ちを聞いて、私は本当にうれしく思いました。

夕方、保育所に迎えに行くと、皆、厚紙とリボンとで手作りした『プールがんばりました』のメダルをかけてもらいうれしそうにしていました。ハメハメハ大王の奥さんが南の島からやってきて、みんなにメダルをくれたそうです。プールに入れなかった望も、メダルを首にかけてもらっていました。メダルには、「はじめて望ちゃんがじぶんからかおつけをしたときは、ほんとうにびっくりしました。そしてほんとうにうれしかったです。ことしはあまりプールにはいれなかったけれど、らいねんははいろうね。」と書いてありました。元気になって、来年はプールに入れるようになったらいいと思います。連絡ノートには、次のように記されていました。「プールじまいに参加しました。水の中には入れないけれど、得意の顔つけをすることにしました。しばらくやってなかったので覚えているかな?いやがるかな?と思いながら、小さな組から順に入るのを見ていました。望ちゃんはそれぞれの組の遊んでいるのをじっと見ていました。『では、次はゆりさ~ん!』と声がかかると、さっと頭を上げて、『さぁ、いくぞ!』という気持ちが伝わってきました。『ゆり組1番手として向井望さん登場!』『のんちゃん、顔つけします。』というと、頭の先から水の中へ突っ込んでいます!一斉に拍手!拍手!それに気をよくして何度も何度も顔つけを。水から上がった時の得意げな顔。『のんちゃん、すご~い!』の声にとっても気分よくしていたプールじまいでした。」

プールに入れなくても、望なりにプールじまいを楽しんだようでした。誉められるとうれしくてがんばってしまう望です。プールに入れなくてかわいそうと私が思ったほど、望はかよわい子ではありませんでした。8月下旬になって、望らしさが戻ってきました。お父さんに似てお調子者で、そして好奇心旺盛なおてんばな女の子です。右腕も肩もまっ黒で本当にたくましく見えます。

新しい楽しみ

8月初旬、先天性四肢障害児父母の会の総会で信州に行ってきました。3月にパラリンピックの応援で白馬に行きましたが、夏はまた冬と違う美しい信州が私達を呼んでいると、望の体調を気にしながらも、私はウキウキして出掛けました。早朝に出発して、目指すは黒姫高原。緑の中でのんびりして、コスモスを眺めてと思っていたのですが、望は長い車中に疲れてご機嫌斜めでした。何度もサービスエリアで休憩をとりながら行ったのですが、昼に黒姫高原についた時は、望は少しボーッとし始めていました。それからは、ボーッとしているか、グズグズ言っているかのどちらかという感じで、やたらお茶ばかり欲しがりました。

黒姫のペンションは宿泊客は私達だけで、ゆっくりとお風呂に入り夕食を楽しむことができました。夕食後、望と夫は疲れてすぐに眠ってしまいました。翌日は、父母の会の総会が行なわれている妙高高原に行きました。やはり、この日もその次の日も、望はウトウトしたり、ボーッとしたり、機嫌が悪かったりでした。大阪に帰り着いた時には、親子共々心身共に疲れていました。

私達は、望にとって決して楽しい旅ではなかったと反省し、車での長旅がいかに望に負担かを痛感しました。この旅行を振り返って、私の心に残ったのは、黒姫のペンションで聴いたうぐいすの美しい鳴き声くらいでした。望はというと黒姫高原でアイスクリームを食べたこと、野尻湖畔でケーキを食べたこと。食べている時しか楽しくなかったのかなぁと思い返していたら、他にもありました。望の目がいきいきとした時が。黒姫高原の童話館行きのバスに乗った(帰りも乗った)時、妙高の宿泊先に停まっていた観光バスに「乗りたい!」と私に訴えた時でした。

大阪に帰った翌日、区役所に車で行こうと望を車庫に連れて行くと、「車に乗るのはいやだー!」と泣きました。炎天下、区役所までの長い道のりをバギーで歩くのは無理なので困りました。ふと、市バスで行けば喜ぶかもと思い、停留所に行くと案の定ご機嫌になりました。望は自家用車はいやだけれど、バスには乗りたかったのです。

望のバスと電車への『乗りたい欲求』はとてもはっきりしたものになりました。我家から自転車で10分、車で5分のM市駅まで、市バスに25分間乗って、K駅で私鉄に乗り換えて5分間乗り行きました。M市駅前で軽い昼食をとって、タクシーに乗って自宅に戻るという何とも無駄で贅沢な遊びをしました。望はもう大喜びでした。そうなると親ばかの私達は、M市駅に行くのにバス、地下鉄、私鉄を使う手もあると、望と出掛けました。この夏、望は、新しい楽しみを見つけました。

ひとこと

保育所に夏休み中の中学生の男の子が遊びに来たそうです。彼は、望を見て「こいつ、手も足もないな。」と保母さんに言ったそうです。そして、ジーと望を見ると「こいつ、かわいい顔しとる。気に入った。」と言って望の顔をくしゃくしゃ撫で回したそうです。彼はダウン症児だそうです。純粋な彼の目には、偏見で歪められることのない、まっすぐそのままの望が映ったのでしょう。

童話館の前で。「疲れたあ。バスはまだかなあ。」

ペンションでの夕食。食欲だけはありました。

見出しへ戻る