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のんちゃん 便り

第79号 2002年9月号


迷子

望の電動車椅子の許可が市から出て、1年近く経ちました。望が試行的に電動車椅子に乗り始めてから半年経って、「必ず大人が付き添うこと」という条件で、ようやく許可が出たのでした。昨年秋には、学校からのOKも出て通学や校内でも使うようになり、行動範囲が広がってきました。運転技術は、最初からかなりのものでしたが、乗るたびに彼女なりに学習しているようで、うまくなっていきました。少し慣れてきた頃は、車幅を確認しているのか、車道と歩道との間の柵ぎりぎりの所を走って柵にぶつかったり、ブロック塀間際を走って歩道とブロック塀との間の溝に落ちたこともありました。これが彼女の学習の仕方かと、興味深く望の小さな冒険を見てきました。

この夏休みは、バスや電車にも乗りました。今までは、バスや電車を使うときは、手動の車椅子にしていました。大人2人で抱えられるので、運転手さんに手伝ってもらい、普通のバスにも乗っていました。介助操作も楽なので、電車もスロープを渡してもらわなくても簡単に乗ることができました。ホームまで駅員さんに介助してもらう時も、エスカレーターを使うことができました。

しかし、80キロもある電動車椅子では、バスは、リフト付きのものでなければ乗ることができません。電車の乗り降りもスロープが必要なので、到着駅に駅員さんが待機していてくれなければ、降りることもできません。駅にもエレベーターがないと不安です。我が家の近くの路線には、リフト付きバスが走っていません。少し離れた停留所まで行って、リフトバスが来るのを待って乗るのは時間もかかり大変です。また、我が家は電車の便も悪いので、駅まで20分ほど望が電動車椅子を運転して行かなければなりません。通院や訓練など時間に余裕のない状態で連れ歩くことの多い私は、電動車椅子でバスや電車に乗せることがなかなかできませんでした。お盆休み中の夫が、電動車椅子の望を連れて何度かバスや電車に乗りに行きました。望と2人で出かけた夫が、「大きな道から自宅まで、望1人で帰らせた」などと帰宅して報告してくれました。夫は、望の後ろを離れて歩いたそうです。

電動車椅子に乗り始めた頃は、素直に親の後をついてきていたのですが、それがだんだんと、自分の行きたいところを主張し始めて、自分の思った方向でない時には、怒ったり泣いたりしながら、それでもしかたなく後をついてきていた望です。やがて、自分の意思に反すると、止まって動かなくなることも度々出てきて、下校時には、帰りたくないと主張することもあり、急いでいる時には、電源を切って手で押して帰ることもありました。これは親の都合に他なりません。散歩など時間に余裕のあるときには、望の意思を尊重して、先に行かせることも多くなりました。

自分が先に走っていても、時々、後ろの私を確認しては、また進むという繰り返しだった望ですが、夫の時には少し様子が違うようです。公園に散歩に行く時も、タバコを吸いながら望のはるか前を歩いているような、いわば、お父さんには、ほったらかし状態にされることが、望にはわかっているのかもしれません。それもまた、良いことだとは思いますが、心配性の私は、車が来たり、自転車がぶつかってきたらどうするのよと、ヒヤヒヤすること度々です。私も、何かあったときに対応できる範囲を考えながら、望から離れて歩いているのですが、私の時には、道の端を走りなさいとか、信号を見なさいとか、いろいろと指示が多いのかもしれません。

7月に引越しをして、新しい家に必要なこまごましたものを購入するために、望を連れて、日用品の量販店に行きました。店内も駐車場も広いので、車に望の電動車椅子を乗せて出かけ、買い物中は、望は電動車椅子で私達について回りました。望も何度か行っているうちにその店に慣れたようで、時々、自分ひとりで先に行ってしまい、あわてて呼び止めることもありました。お盆休みに、フックを買いに行きました。店に入り、日曜大工用品の売り場で、夫が「どこに使うの?これでいいだろ」と言い、「違うって。どこに使うって・・・説明したじゃない。こんなのじゃなくて」と私。「じゃあ、自分で探せよ!」「そうするよ!」と、いつものけんかになってしまいました。なんでこんなことでけんかになるのだろうと腹立たしく思いながら、私は店の奥の方に向かいました。店内は大変広いのですが、はぐれたら携帯に電話をすればいいと、後ろも振り向かず歩いて行きました。

しばらくして欲しいものが見つかり、夫を探すと遠くに姿が見えました。そちらに行くと、側に望がいません。私が「望は?」と聞くと、「えっ、ついていっただろ?」との夫の答え。望は夫と一緒にいると思っていた私は、全身から血がひくようでした。店の外に行ってしまって、車にぶつかったらと思うと、鳥肌が立ちました。2人それぞれにレジの方に向かいました。私は、望が泣いていないか、呼んでいないかと、耳を澄まし売り場を探しながら、夫は走って、レジの方に行きました。夫が、望を見つけて、一緒にやってきました。レジの近くで、不安そうにうろうろしていたそうです。私は、ホッと胸をなでおろしながら、「ごめん、ごめん」と望に謝まりました。夫が「前に望と2人できた時も、こんなに長い時間じゃなくて一瞬だったけど、望を見失った」と言いました。自分が悪いのを棚に上げ、「ほんとにもう」と、また腹を立てた私でした。どうしようもない親です。

何事もなくてよかったです。後になれば、望も「迷子」という体験ができるのだと、ちょっとおもしろくも思いました。望は、ますます行動範囲を広げ、自由を得ていっています。それは、普通の子どもなら当然のことですから、自然なことです。それを受け止め見守っていきたいと思っています。

ひとこと

「イノチの天音」という本で、山口ヒロミさんが、「私たち夫婦は泣きわめく子の脇で、よくまあ口論をしました。妻と夫が向き合って、生き方、稼ぎ方、男女の役割、家族のあり方、時にはお互いの癖や性格までが争点となりました」と書いていらっしゃいます。そんなけんかができる夫婦がうらやましいと思いました。山口さんご夫婦のけんかは、1つのコミュニケーションですが、我が家のけんかは、「言った」「聞いてない」のコミュニケーション不足から起こっています。天音ちゃんがいなくなって、山口さんご夫婦のけんかは、少なくなったそうです。

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