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のんちゃん 便り

第50号 2000年 3月     文:向井 裕子

まねっこごっこシアター3

2月4日、保育所で「まねっこごっこシアター」(生活発表会)がありました。保育所に入って3回目、そして、最後のまねっこごっこシアターです。いつもの運動会やまねっこごっこシアターのように、望は、張り切って楽しそうに練習しているようでした。鍵盤ハーモニカ(ピアニカ)が、鳴らせるようになったり、劇遊びのストーリーや出番が解ってきたりと、保母さんからの報告で、望のがんばりが伝わってきました。前日に、望は、保母さん達に「のんちゃん、明日は練習通りにやってよ」「たのむよ」なんて声をかけられていました。昨年、練習の時はがんばっていたのに本番では何もしなかった望に、「よくがんばったな。楽しかったか」と夫が言ったように、今年も、何もできずに本番が終わっても、誉めてやりたいと思っていました。

ところが、今回の望は違いました。声がよく出ていて、大きく手を振って入退場をし、ピアノの音に合わせてお辞儀もしました。オープニングが終わり、最初に登場したのは『鍵盤ハーモニカ』でした。1曲目の『アンパンマン』は、望のいるグループが、木や缶を叩いて音を出し、他のグループが鍵盤ハーモニカを弾きました。望は、木琴のバチを右手につけてもらい缶をたたきました。「トントントントン♪アンパンマン♪」「コン!カン!カン!」という具合です。望は最後の「カン」の音。自分の鳴らす番を逃すまいと構えている顔が真剣でした。音もしっかり出ました。2曲目は『メリーさんのひつじ』。ひとつのグループが羊のペープサートを音楽に合わせて上げ下げして、もうひとつのグループがトライアングルを鳴らし、望のグループは鍵盤ハーモニカをしました。望は、リズムはとれるのですが、体幹を自由に動かせず右腕も短いので、同じ音階ばかりを弾く事になります。そこで、保母さんが工夫して、牛乳パックで鍵盤ハーモニカの台を作ってくださいました。少し斜めになっていて、望に鍵盤が見やすくなっています。この台を保母さんが動かすことによって、望一人では「ミーミミミ ミミミ」となるところを「ミーレドレ ミミミ」と弾く事ができるのです。といっても時々違う音が聞こえてきて、私は、望かなと楽しんで聴きました。曲が終わると、ペープサート担当の子ども達が「ひつじがいっぴき、ひつじがにひき、ひつじがさんびき…、おやすみなさい」と言って、皆で寝てしまいます。望も頭を下げて(側弯がきついので左方向に頭を倒して)寝たふりをしていました。3曲目は、『きらきらぼし』を全員で演奏しました。口にくわえた鍵盤ハーモニカのパイプが落ちそうになるのか、右手で何度か口元を押さえていましたが、なんとか弾きました。1曲目と2曲目との間に、望は、少し場所を移動しました。缶をたたく時は、他の缶をたたく友達がよく見える位置に、鍵盤ハーモニカの時には、みんなが演奏しているのが見える位置にいました。目からの情報が多い望に、その時々に最も良い位置が選ばれていると思いました。一見些細なことですが、周りを見ながら動く望にとっては大きな配慮なのです。

次に望が出てきたのは、乳児さんのプログラムの紹介です。まねっこごっこシアターでは、年長さんが2人ずつ出てきて、プログラムの紹介をしていくのが恒例になっています。望は、Yちゃんと2人で出てきましたが、恥ずかしいのか横を向いていました。保母さんが、「望ちゃん、言おう」と促してくださり、ようやくビッグマック(録音再生のできるスイッチ)を押しました。ビッグマックに録音された声とYちゃんの声で次のプログラムの紹介ができました。

その次に登場したのは、『歌』でした。『切手のないおくりもの』は、手話を使っての歌でした。望も右手を回したり差し出したりして、やっているつもりのようでした。『ぼくらのマーチ』の曲では、皆と歌っているつもりなのか、大きな声をよく出していました。望のクラスには、年長さんになって入所してきたTくんという、のんびりとした友達がいます。望と同じようにうまく歌う事ができません。でも、歌の間ずっと、隣の友達にしっかりと手をつないでもらって、うれしそうににこにこしていました。

最後は、『劇遊び「みんなともだち」』でした。運動会前から宇宙ごっこを楽しんできた、きく組の子ども達の劇です。宇宙には、色々な星があります。楽器を使って話す音符星、絵カードで話をするものしり星、体を使って話すまね星、そして、きくぐみ星が、土星で開かれるジャンケン大会に招待されます。ジャンケン大会に向かうきくぐみ星がブラックホールに落ちてしまいます。それを音符星、ものしり星、まね星が助けて、みんなでジャンケン大会に行くというストーリーです。望は、ブラックホールとものしり星の担当でした。自分の出番がわかっていて、舞台のソデでは静かにしていました。ブラックホールでは、黒いマントを着た子ども達が一列になってきくぐみ星を取り囲み回ります。先頭の望の座位保持椅子を2番目のMちゃんがとても上手に押して走っていました。ずっと一緒に生活してきただけあって、慣れたものでした。こんなところにも望の3年間の日々を見ることができます。ものしり星では、ビッグマックで台詞も言うことができました。絵カードもしっかりと選んでいました。難聴の望に保母さんが「望ちゃん、どれにする?」「これ?これでいい?」ときちんと聞いてくださっていました。ジャンケンは、グー・チョキ・パーの描いてあるうちわを手につけてもらいしていました。ジャンケンも星によっていろんな方法があるのです。Tくんは、得意の「げんこつ山の狸さん」をして光っていました。みんな楽しそうでした。もちろん、望も。やさしくて恥ずかしがりで、そしてチームワーク抜群のクラスのカラーがよく出ていた劇でした。最後に子ども達が言います。「ことばや やりかたがちがっても、はなしたり あそんだりできるんだね。ぼくたち わたしたち、しょうがっこうにいっても、ともだちいっぱいつくるよ」「みんな、ともだち!」そして、『みんなともだち』の歌を歌いました。「♪みんないっしょに おおきくなった みんなともだち ずっとずっとともだち♪」 私は、熱いものがこみ上げてきました。隣のお母さんも目頭を押さえていました。療育センターに通っていた頃、泣かない人と言われていた私が、この3年間は何度も泪があふれました。たくさんの感動がありました。本当に楽しい3年間でした。ステキな保育所生活でした。

保育所入所前、ある人に「望ちゃんが入る事で、保育の質が上がる」と言われました。でも、私は、その言葉をそのまま受け止めることができませんでした。「保育の中でペースが合わなくて保母さんが大変かもしれない。行事の時にやり辛い事もあるだろう」と周りへの影響を少し心配していました。でも、望は、保育所生活3年間の行事に、まさに完全参加させてもらいました。保母さん達は、「工夫する事で、望も皆と一緒にできるんだ。望の出番が作れるんだ」と証明してくださいました。そして、望自身が、しっかりと自分の意志で参加をしてきました。私は、ようやく入所前に言われたことの意味が解ってきました。障害児を育てていると、様々な事を考えさせられます。保母さん達も障害児がいる事で様々な事を考えなければならなくなります。望が入所して、保母さん達が、望にどう向き合っていけばいいのかを話し合われた時、ありのままの姿を受け止め認められたいと願っているのは、望だけではなく全ての子ども達ひとりひとりなのだと改めて気づかれたようでした。そして、全ての子どもが、主体性を持っていきいきと楽しめる保育を目指してこられたようでした。望も、自分のことをしっかりと受け入れてくれる保母さんに出会って、すぐに保育所生活を楽しみ始めました。

当たり前のようになんとなく流れていく保育ではなく、ひとつひとつ考えて当たり前のことを見直しながら行う保育。それが、障害児がいる事で保育の質を高めている理由でしょうか。ただ、このことは、保育所(園)自体に障害児を受け入れる基盤が無くてはできない話です。逆の視点から言えば、障害児を受け入れる事のできない保育所(園)は、保育の質に問題があるのかもしれません。確かに、全介助が必要な子どもが入所(園)を希望した場合、人手の問題など物理的な壁もあるでしょう。でも、単に、大阪市は統合保育が進んでいるからうちとは違うと片付けてほしくないのです。ひとりの子どもとして受け入れようとする姿勢が所長(園長)にあれば、ひとりの子どもとして慈しみ共に生活しようという思いが保母さん達にあれば、きっと変わっていくと思います。身体に障害を持っていなくても、問題を抱えている子はたくさんいます。問題は、障害児かどうかではありません。全ての子どもひとりひとりをいとおしい子どもとして受け入れ向き合ってくれる保育所(園)が増えて欲しいと思います。

3年間、お世話になった保母さんをはじめとする職員の方々、巡回指導の先生方、保護者の方々、そして、保育所生活を支えてくださった療育センターの職員の方々に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

ひとこと

 2月10日に神戸市私立保育園連盟主催の統合保育研究大会の分科会に参加しました。望のことを大勢の人の前で話すのは初めてで、朝から緊張していましたが、保育園関係者、障害児通園施設の職員、作業所のスタッフ、そして中学生など、皆さんが熱心に聴いてくださり、たくさんの質問やご意見ご感想などもいただき、大変充実した時間となりました。

 望は、この1年で、少し言葉が出るようになり、「オハヨウ」と友達に挨拶するようにもなりました。何を言っているのか解りにくくて、最初は知らん振りしている友達もいましたが、頭を下げて「オハヨウ」と言われれば、柔らかな頭の子どもは、おはようの挨拶だと解るようになります。自分から望のところにやってきて、「おはよう」をしてくれる子も出てきました。発音が明瞭でないのは、舌が短く上唇の動きが悪い(動かない)からです。ですから、前歯が抜けてうまく噛むことができない口に、鍵盤ハーモニカのパイプを自分の力でくわえて演奏をしたのは、実はすごい成長なのです。吹くことがうまくできるようになったのも、この1年ほどのことです。週に1度通っている聾学校での訓練の成果もあるでしょう。でも、それ以上に、保育所の中で、皆と一緒にしたいという望の思いが、望を成長させてきたように思います。

 望は、毎朝、自宅で「ホイクショ」と叫んでいます。残り少ない保育所での生活を充分に楽しんで欲しいと願っています。

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