のんちゃん 便り
第46号 1999年 11月 文:向井 裕子
6歳になりました
10月14日、望は6歳になりました。14日は、保育所の遠足でした。望の体調は下降気味で、「遠足、大丈夫かなあ」と私は心配しました。せっかくの誕生日に自宅で寝ているのと、お友達と電車に乗って遠足に行くのとでは、エライ違いです。遠足前になると体調を崩して、ひやひやするのは毎度のことのように感じられます。そして、これもよくあることながら、遠足前日は給食後に迎えに行き、自宅でゆっくりと昼寝をさせて遠足に備えました。無事に遠足に行くことができました。望は、どんぐりをたくさん拾ってうれしそうに帰ってきました。
夕飯には、赤飯、鯛の刺身と塩焼き、吸い物と野菜の煮物等をテーブルに並べました。6歳の誕生日のご馳走にしてはちょっと渋いなあと思いながら。でも、これには訳がありました。朝、私の実家から宅急便が届きました。中には、父の釣った鯛と母の炊いた栗入りの赤飯が入っていたのです。余談ですが、望は刺身が大好きなのです。夫は仕事が忙しく、望の夕飯後の帰宅となりました。でも、一緒にケーキを囲むことはできました。いつものようにケーキにろうそくを立て火を灯しました。望は、4歳の時は、お父さんとお母さんが火を消すのを見ていました。5歳の時は、おもちゃの扇風機につないだスイッチを押して扇風機を回して火を消しました。今年は、親子3人でフーッと吹いて消しました。消えずに残った最後の1本は、望が1人で吹き消しました。誕生日を振り返るだけで、少しずつながら望の成長を見ることができます。1日1日の繰り返しが1年を作っていきます。
望の1日は、朝7時に始まります。6時半頃から目を覚まして、ごそごそと這いずり回っていることもあります。お父さんに抱っこされて、まず台所にやってきて、私に「ンーンー」と言って催促をします。朝一番に飲むのは牛乳です。以前は、すぐに牛乳が出てこないと怒っていた望ですが、最近は、私が「はい、わかった。牛乳ね」と答えると、お父さんにタンスの所に行くように手差しをします。タンスからタオルを取り、洗面所へ。顔を洗ってもらいテーブルにつき、補聴器をつけます。それから、牛乳を飲みます。ガラスコップ半分位の量を飲み干して、朝食を始めます。朝食は、私が食べさせています。朝は忙しいという大人の都合もあるのですが、望も朝はコップは持つけれどスプーンはいやがるので無理強いはしていません。シッカリと朝食をとった後は、歯磨きをして、少しテレビの幼児番組を見て歌を歌いリズムをとり、それから排便をして、保育所に出かけます。保育所で充分に遊んで帰宅すると、午後4時半を過ぎています。私が夕飯の支度をするのを見たりお手伝いをしたり、テレビを見ていたり、時にはお友達が遊びにきてくれたりして6時近くまで過ごします。6時頃に私と2人で夕飯、7時過ぎに風呂、8時に就寝となります。
こんなふうに、生活のリズムはできているのに、望が夜中に何度も目覚めるのは、生後3ヶ月からずっと変わりません。目を覚まして、お茶を飲み、アイスノンを冷たいのに変えてもらうとまたすぐに眠るのですが、起こされる私はたまったものではありません。泣きながら私の布団にまで這ってきて、右腕でぐいぐいと私を押すのです。その痛いこと。睡眠不足の日が続くと、明け方には「もういいかげんに寝なさいっ。さっきお茶飲んだばかりでしょっ」と怒りが爆発します。そんな夜を過ごした後も、朝になると望は、さあ楽しい1日の始まりだとばかりにご機嫌で起きてくるのです。
朝の様子からもわかるように、様々な理解が進んできたように思われます。周りの人に欲求を伝えるたくましさも身につけてきました。永久歯も生え始めました。言葉や文字にも興味が出てきたようです。望は、難聴や知的な遅れに加え、舌が非常に短いようで、耳鼻咽喉科の医師に「えっ、ご飯普通に食べてるの?」と驚かれ、「でも、発音は大変不明瞭になります。手術という方法もあります」と言われたことがあります。確かに、最近よくお喋りをしてくれる望ですが、何を言っているのか解りません。大人が言った単語の真似をするようになりましたが、「デ・ン・ワ」と言うと「ナン・ナン・ナン」なんていう調子です。イントネーションと語数はあっているのです。ご飯が普通に食べられないと思われる舌で食べているのですから、お喋りの方も様子を見ようと私達は手術のことは記憶の片隅にとどめる程度で、その後も相変わらずの毎日です。聞き取りにくくても、聞くほうがしっかりと聞いてあげれば良いこととおっしゃる方もあり、なるほどと思いました。今は、発音よりも、日々の暮らしの中でたくさんの言葉を望の中に溜めてやることを大事にしています。「ごはん、たべる?」と聞くと、手を口に持っていって『食べる』という仕草をします。これは『おなか、へったよー』という時と同じです。身振りや絵カード等も使いながら、望との会話を楽しんでいこうと思います。
望の今年の誕生日にも、カードやEメールをいただきました。ありがとうございました。私達は、電動カートをプレゼントしたいと思っていましたが、カートの完成が遅れたので、16日に望を連れて絵本を買いに行きました。ふと、『のんちゃん』(ただのゆみこ作・小峰書店・ダウン症の男の子のんちゃんが、いきいきと小学校生活を送っている様子を描いた絵本)を見つけ、望も来年は学校だなあと思い買いました。それから、黄色の表紙に何気なく手にした『ひとつぶのえんどうまめ』(こうみょうなおみ作・BL出版・絵の輪郭が浮き上がっていて触ってイメージのできる絵本)は、望に触らせると、右手で本を撫でて感じているようでした。これも購入しました。阪神大震災の混乱の中で失明をした女性が描いたものでした。
そして、10月末、左右にもコントロールできる電動カートができました。ようやく望に新しいカートをプレゼントできました。操作するジョイスティックの位置等もう少し手直しが必要です。カートの報告は、来月号をお楽しみに。
望は、毎日、機嫌良く過ごしています。「ホントに毎日楽しそうねェ。生まれてきてよかったねェ」なんて、私は思っています。6歳の誕生日は、望にとっては単なる昨日の次の日でしかないのかもしれません。でも、バースディカードをテーブルに並べ、ケーキに火を灯して、おめでとうとお祝いをして、特別な日にしました。私達は信仰を持ちませんが、望が誕生日について理解できなくても、10月14日が特別な大切な日だということを何かの形で毎年、望に伝えていきたいと思っています。
望、6歳。身長50cm。体重8.9kg。
ひとこと
10月は、9日に所外保育、27日にも遠足がありました。遠足等所外保育の日は、看護婦の資格を持っていらっしゃる巡回指導のM先生が導尿をして下さっています。穏やかで温かい笑顔の、やさしさの中に凛とした強さを感じる方です。改めて、ありがとうございます。